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1996年、当社の仕事始めは1月5日金曜日だった。
夕方、初詣ということで10人ほどで浅草寺に繰り出した。
雷門を抜け浅草寺に続く仲見世通りは面白い物が多く、いつものようにキョロキョロ歩いていると置いて行かれてしまうので、その度に走って皆に追い付いた。
皆でお参りした後、私達は花やしき前を通って“一文”という昔風の居酒屋に入った。
すごい久しぶりに行ったが、相変わらず不思議な雰囲気の店だった。
店では“一文”とか“十文”と書かれた木札が通貨となる為、まず現金をその木札に両替する。
店内には微かに新内の音が流れ、下町で粋な遊びをしているような気持ちにさせてくれる。
更に時折、重低音の鐘の音が聴こえたりする。
同席していたある人は、本当に近くで鐘が突かれているものと思っていたらしい。
また、料理の出し方、盛り付け、器なども工夫されていて面白い。
私達がほぼ出来上がった頃、冬休みで秋田に行っていたご長男を東京駅まで迎えに行かれていたKS部長が親子二人で合流した。
早速、駆け付け三杯召し上がったところで、私達は一文を後にし、二軒目を探した。
結局、私達は少し歩いた所にあった“鮒忠”になだれ込んだ。
KS部長親子には鍋を中心に食べていただき、他の私達はただひたすら飲んだ。
KS部長親子の腹が満たされた頃、私達は相当良い気分になっていた。
暫くして宴がお開きとなり、店を出た。
皆各々駅へ向かって歩き始めた。
私達はその界隈で凄い店を発見した。
私は少し酔った頭で、相変わらずキョロキョロしながら歩いていた。
歩道沿いの店を眺めながら歩いている時だった。
その店は素通しのガラス張りで店内が覗けた。
カウンターだけの店のようだった。
しかし、入口が無いのである。
客と思しきオバサンが座っているカウンター側には、入り口が無い。
『変だな?』と思いながら5歩ほど通り過ぎた所で、どうしても確かめたくなり、私は「今の店、入口が無いっ!」と叫んで、小走りに戻ってみた。
近くを歩いていたTTさんも一緒に来た。
二人で店の中を覗いてみた。
入口はあるが、厨房と呼べるかどうか分からないような、とにかくカウンターの内側に通じる入口しか見当たらない。
おかしい!
もう少し観察を続けてみた。
ところが違ったのである。
私達が見ていたのは客用の入口だったのだ。
客は立って飲んでいるのだが、逆サイドに座っていたのは店のオバサンだったのである。
客は立ち飲み、ママはカウンター内で座って飲み、更に何かつまんでいるようだった。
これが下町の常識というものなのか!
私達二人は酔いも手伝って大笑いした。
その店は確か、“味処 永九”という店だったと思う。
店のキャッチも洒落ていた。
「酎ハイの旨い店」とのことだった。
他にも洒落た店があった。
昔ながらの婦人洋品店といった風情の店だった。
外に向けてディスプレイしてある服の一着一着に値段と併記して、「美しい色使い」とか「しゃれたデザイン」とか一言ずつコメントが書き添えられているのである。
私が見ると「美しい色使い」や「しゃれたデザイン」には全く感じられないが、プロの目には、そのように映るらしい。
やはりこのようなポップが、下町婦人達の購買意欲を掻き立てるのだろうか?
とにかく、カメラ片手に是非もう一度あの辺りを散策してみたい。
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