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1994年秋のことだった。
まだコートも要らない頃、私はいつものように江古田駅(東京都練馬区)から8:30過ぎの池袋行き西武線に乗り込んだ。
電車が走り出して間も無く、あの“シャカシャカシャカシャカ”という耳障りな音が気になりだした。
それは、どこかのアホのイヤホンから漏れてくるドラムのリズムだった。
私は不機嫌さをあらわにした目で、周囲のロック小僧またはユーロビート娘の捜索を開始した。
ところがだ、いくらキョロキョロ周囲を見回しても、それらしい奴は見当たらない。
おかしい。
次の東長崎の駅を過ぎても犯人は見つからなかった。
『ひょっとしたら、これは思いもかけない奴が犯人かもしれない。』と思い、視点を変えてみることにした。
どんな風貌でも、ヘッドホンかイヤホンをしてる奴は疑ってかかることにした。
車外に向かって吊革を握って立つ私の二人右隣に、両耳にイヤホンを挿入した60過ぎ位の女性が立っていた。
『こりゃ違うな』と目をそらそうとした瞬間、吊革を握る彼女の人差し指が微かに動いているのを、私の獣のような動体視力が見逃す筈は無かった。
私は彼女の右の人差し指を観察し続けた。
1拍1拍、正確に刻み続ける。
そして、ときどき8分のシンコペーションを刻むと、また元のビートの戻る。
正確無比なリズム感。
ただ者ではない!
彼女が聴き入っている曲までは分からなかったが、8ビートのロックということは間違いが無いようだった。
こんなイカスおばさんだったら、私は許す!
そうしているうちに電車は池袋駅に到着し、ちょっと太目の体をダークブラウンのスーツに包んだ彼女は、人混みの中へ颯爽と消えていった。
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